■ ウィキペディア フリー百科事典 より引用
日本が商業捕鯨の再開を目指してザトウクジラの調査捕鯨船を出して、ザトウクジラに特別な思い入れを持っているオーストラリアから大きな反発を買っているというニュースを、今さっきNHK総合テレビで見ました。
捕鯨に関係するニュースを見ていて何より悲しいな、と思うのは、日本では貝塚からも鯨の骨が出ているくらい古くからある『鯨を食べる』という文化が、世界であまり尊重されていないことです。日本に限らずその国特有の食べ物、逆に宗教などの戒律で食べてはいけない食べ物などいろいろあると思うのですが。
鯨は見て楽しむ(!)もので食べるものではないなんて、わたしにはペットみたいな感覚じゃないか、と感じられます。殺していい生き物といけない生き物がある、それをどこかの誰かが決めて、みんなが守らなければいけない、なんてこと自体おかしい。なんだか傲慢な気がしませんか?
たとえば誠意のある養豚農家なら、可愛がって大事に育てて、その豚が出荷されていくのを見送ると思います。『肉』を食べるのが人間なんだから。「かわいそう」ではなく「ありがとう」と見送るんだと。
全然関係ないけれど、最近小学校1年生に自然体験授業をする関係で図書館に行ったとき、「あげはのとぶ日」(新日本動物植物えほん)という絵本を手に取りました。1匹のあげはのお母さんが200個の卵を産んで、卵からかえって幼虫になるのが半分、成虫になったのはたった2匹、言葉で言われればそんなもんだろう、と知った気になっているものですが、黒くなった卵からハチが生まれたり、ハチに注射をされた幼虫は蛹(さなぎ)からハチが出てきたりと、残り198個の卵たちが決して無駄に生まれているわけではないことをつくづく感じさせられました。自分たちの子孫ではなく、他の生き物の命を支えているのです。感動して中学生の子供たちに読ませようと借りてきてしまった。「あげはのお母さんって太っ腹だよねぇ。」なんて言いながら子どもたちに読ませました。^^;
巻末の解説にもありましたが、もし全ての子どもたちが生まれたら、あっという間に食糧難になって絶滅してしまうだろう、ということです。
人間の身勝手な考えで「商業捕鯨をする」のではなく、「鯨を殺すべきではない」と言うのでもなく、さまざまな価値観や伝統や文化を尊重しながら、大自然の循環を損なわないような、賢い選択に向かってくれるよう祈るばかりです。
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